健康はすばらしい。でも、時として残酷にもなり得るのです。
2011年3月 6日 sodan119 | 個別ページ |
人は健康に生活できることが、なによりの財産です。人間のあらゆる活動の源は、健康であることでしょう。その他諸々の要素なども勿論大切でしょうが、健康が、それらを生かせる唯一のファクターです。
個性的な特徴はあるでしょうが、ある人が、最も正しく、妥当な判断力を示し得るのは、健康で、健全な状態のときです。ただ、人間の社会は、正しいことだけが、まかり通っているのではありません。いくら正しい言動であっても、特別の状況にある他者にとっては、その正当性が、とても苦しく感じられることだってあります。特別の状況の中とは、分かりやすい例としては、とりわけ、心を病んでいるような場合です。誰しも幾分かの経験はあるでしょうが、健康を害すると、当然のことですが、体力も気力も弱まります。また、病むとは、体力、気力が弱まらなければ、体が病んでいるのに、気力だけは充実しているというのでは、体と心のバランスが崩れて、かえって病からの快復を遅らせることになりかねません。ですから、調子が悪くなるということは、体力も気力もそのパワーをダウンさせて、静かに快復を待っていることを意味するのです。それが、人間が、病から快復していくための、逆説的ではありますが、正常な道のりではないでしょうか。
さて、体力・気力が、精神疾患に限らず、いろいろな病によって、弱っている人と接するときには、健康な人が気をつけるべきことは、意識的にご自分の言葉の内実を和らげることです。意識的なパワーダウンを心がけて、体力・気力の弱った人に対峙しなければ、どうしても健康な人のパワーは、かえって、病者のエネルギーをダウンさせることが多いのです。たとえば、心の病に陥った人に対して、意識的・無意識的に励ましの言葉を投げかけているような場合です。あるいは、健康なときには何でもないことが、病に陥った人が、その何でもないことが出来ないことに対して、健康な方が、ご自身と同じ価値基準で、評価してしまうような場合は、病にある人にとっては、いくら善意で接してくれても、このような健康な人の言動は、残酷以外のなにものでもありません。
心の病に陥った人に対して、案外多いのは、ご家族の方が心配のあまりに、快復を急ぎすぎる対応をしてしまうことです。そうなると、当然のことですが、かえって害にもなり、残酷にもなる言動で、接してしまうことになりますから、この点はよほど気をつけなければなりません。患者さんご本人のカウンセリングも大切ですが、同時に、これが患者さんのご家族のカウンセリングが必要になる理由です。お迷いのときは、どうぞカウンセリングを受けていただきたいと心から願っています。
アラカルト京都カウンセリングルーム 長野安晃
資産管理のご相談に関して苦労することを少し。
2011年3月 2日 sodan119 | 個別ページ |
アラカルト京都カウンセリングルームは、全般的な生活相談の場でもあり、その中には、資産管理に関するご相談もあるわけです。この場にそのことに関して、二度書きました。政府や経済評論家のやや無責任な発言内容では、特に50代以降の人たちがいわゆるタンス預金をもと吐き出さないと経済の循環がよろしくなく、このままではいまの不景気がますますひどい状態になるというような暴論が一般的ですね。このような事情のものでは、やはり生活防衛のために現在お手持ちの資産をどのように運用していったらいいのか、という悩みを抱えておられる方々のご相談にのらないわけにはいきませんので、昨今の経済事情の一側面から見た現象を少々書きます。
政府や経済評論家のみなさんが主張することにも一面の真理はあります。が、それはあくまで、マクロ的な視点です。マクロ的視点は、常に世界経済の動向と無関係ではあり得ませんので、世界経済が、順調に不況から快復基調にあれば、そのときは、安心して必要なものは惜しみなく買えばよろしいのですけれど、このところの世界事情は、中東の国々の民主化要求が激化しており、政情不安定です。経済でのしてきている中国政府も、共産党の一党独裁ですから、長期政権が中東で次々に倒れつつあることに非常な危機感を抱いています。この間、アイスランドで火山噴火があり、経済破綻があり、ギリシャも経済破綻、これはもう一度あるかも知れませんし、またアイルランドも経済破綻寸前です。ご存知のように株式相場というのは、人間の感情が支配している世界ですから、こういう不安定材料があれば、株式相場は混乱するのが必然です。個人投資などは、情報が証券会社から流れてきた段階で、すでにその情報がものの役には立たない状態なのです。証券会社からの株式投資で儲かる時代ではもはやありません。このような情勢のもので、貯めた金を吐き出せ、というほうが無理な話です。人々はますます不安になって、経済循環が滞ります。当然です。
政府の無策の結果、銀行に預金しても殆ど利子をつけない状態で、銀行はその預金で投資しているのですから、庶民は割り切れません。それならと、内部に目が向くのですが、その流れの中で勢いづいているのが、収益方不動産投資ですが、これもかつての大家さんの運営の仕方では、やっていけませんし、何しろ物件が供給過多ですから、借り手市場です。大手の不動産業者などが、遊んでいる土地にマンションを建てて、それを一括で借り上げ、家賃を保証しましょう、などと謳っていますが、これも裏があります。J-リートへの投資も中身を十分に検証しなければ、手数料ばかりが高くてたいへんです。大手だからと言って安心は出来ません。
というようなマイナスの要因を知恵を使ってご自身に有用な運用にしてしまうのです。方法論はいくらもありますから、どうぞお気楽にご相談ください。たくさんの不動産業者さんとも会いましたが、信用に値する業者さんは、ほんの一握りです。もはやブランドだけでは通用しないということすら、認識していない大手がいますから、どのようなやり取りをすれば、内実が見えてくるか、というご相談が必要なのではないでしょうか。
アラカルト京都カウンセリングルーム 長野安晃
ツライ、哀しい、切ない、泣きたい、わかりますよ。
2011年2月28日 sodan119 | 個別ページ |
生きるということは、楽しいことばかりではありませんね。心が躍るような出来事で埋め尽くされている毎日でもありませんね。ツライこと、哀しいこと、切ないこと、自分ではどうにも解決不可能なことの前で立ち尽くしている情けなき気分。そういうことの連続ですね。いや、そんなことはない、自分はいつも前を向いて、その種のマイナスの感情など克服して生きているぞ!と豪語できる人はいいです。そういう方は、その調子ができるだけ長く続くように願っていますから。
人間は考える主体ですから、ご自身の来し方、行く末を思い描く存在です。前向きの感情が湧き出るのも当然ですけれど、それにともなって、ああ、あのときは、あれでよかったのだろうか?とか、この先、こんな生き方をしていて、いったい何が生み出されて来るというのだろうか、といった、負の感情(本当は負の感情などではなくて、人として生きていくためには、必要不可欠な要素です。こういう発想のない人は、私から言わせると、他者の気持ちがわからない、どうしようもない人です。)もご自身の裡で大きくなっても来ます。このような両者相反するように見える感情は、人が生きていくために必要な、ある種の平行棒のようなもので、両者の均衡がうまくとれてこその、生きる意味ある生だと言えるのではないでしょうか。
とは言え、ときおりこの平衡感覚が崩れるときもあります。ありていに言えば、ストレスが過度にかかったときです。ツライ、哀しい、切ない、泣きたいという感情が支配的になることもめずらしくありません。こういうときが、カウンセリングの出番ですけれど、精神科や心療内科にお越しになって、当然ですが、軽い精神安定剤が処方されたとします。私は精神薬拒否論者ではありませんので、うまくお薬は使ってやればいいと思います。あえて自分の精神力で克服することにこだわると、とんでもない深みにはまります。たとえば、わかりやすい例で言えば、かなり重度のうつ病になってしまいかねませんから、早めの精神薬の治療はむしろ好ましいと思います。
カウンセラーは、別に精神科医と張り合っている存在ではありませんので、お薬をのみながらのカウンセリングでよろしいのです。精神科の先生方は忙しいので、ツライ、哀しい、切ない、泣きたい、という感情がどこから来るのか、という原因にまで辿り着かないところでのお薬の処方に終わってしまいがちですから、そこをしっかりと補うのが、カウンセラーの役割だと思っています。私のところに来られる方は、処方箋を忘れずにお越しくださいね。よろしくお願いします。
アラカルト京都カウンセリングルーム 長野安晃
いくらツライ出来事があったとしても・・・・
2011年2月26日 sodan119 | 個別ページ |
ツライ出来事が身に降りかかって、そのことでとても深く大きな心の傷を負ってしまうと、誰しも二度と同じ苦痛を経験するのはごめんですから、 防衛本能というのが働きます。これはごく当たり前の、自己防衛のための大切な性向です。これがなかったら、たぶん多くの人は、生きる過程で、傷つき果て、疲れ果て、生きる意欲を失くしてしまうでしょう。
しかし、自己防衛本能に関わる心の力学があまりに強く働き過ぎると、これがまたその人を逆の意味で生き難くさせることになります。過去にツライ出来事が自分を苦しめた。だから、同種の苦痛が起こりそうであれば、そういうことを起こすと決めつけた他者に対して、仮想的な敵という概念を抱き、攻撃的になるような場合です。しかし、ここは微妙なのです。自己の心の中に深く立ち入ってくる人とは、多くの場合は自分にとってとても大切な人が多いのです。危害を加える人がその中に少しは混じっているのかもしれませんが、たいていの場合は自分にとって、好ましい人です。好ましいはずの人に対して、攻撃的になるのですから、だんだんと信頼を失ってしまうのは当然の帰結ではないでしょうか。
興味深いもので、やはり人というのは、幸福な幼年期、少年期、青年期を経てこそ、他者に対して、掛け値なしの思いやりとか、やさしさをかけられるのです。幸せは人を甘やかせり、堕落させたりはしないのです。苦労人とよく好感を持って語られることがありますが、深い苦労をさせられた人の中にこそ、両極端な人格が交じり合っています。文字通りよい意味で、他者の気持ちをよく汲み取れることのできる個性の持ち主。真逆の意味で、苦労したことが、自己防衛本能ばかりを肥大させて、人のことよりは、まず自分のため、自分の利益を優先するような人格。後者のような個性になってしまった人は、確かに自己防衛にかけては天才的ですけれど、その実、次第に自分の生きている意味すらわからなくなることがあります。言葉を換えれば、こういう人は結局は他者を遠ざけてしまいますので、気がつくと信頼できる人がまわりに一人もいない、ということになりかねないからです。この種のことは血縁があるなしに関わらず、起こりえます。
このような過去のツラさが、いまの幸福を疎外している人がいるならば、気がついた時点で、いま、どうすれば、自分が幸福になれるのかを考えなければなりません。これは、私とのカウンセリングの重要な課題ですから、こういう方はどうぞ来訪されたし。
アラカルト京都カウンセリングルーム 長野安晃
頭ではわかっているんだけど、は無意味な言葉です。
2011年2月25日 sodan119 | 個別ページ |
心の問題に限らず、お困りごとの相談で、具体的な分析をお聞きになって、また、ご助言に対して、言葉には出さずとも、もしも、ご自身の内的な声として、「頭の中ではわかっているんだけど」というような反応が出たときは、こう考えてください。これはカウンセラーとの会話だけに当てはまることではなくて、ご友人などに相談されたときのこととしても当てはまります。
「頭の中ではわかっているんだけど」は、相手が言っている言葉としては、理解可能だけれど、その言葉が自分の胸に落ちていないということと同じなのだということを、しっかりと認識されるといいと思います。言葉を換えて言うと、他者に相談したら、特にカウンセラーを頼る状態であれば、「頭の中ではわかっているんだけど」という程度の観想しか抱けない助言であれば、それは、カウンセリングの失敗ということです。つまり、こういう言葉は、ご自身の確信になり得ていず、そうであれば、当然のことですが、悩みの本質の解決には至りません。この言葉は、ある意味において、他者の言葉を拒絶しているものだからです。
私とのカウンセリングにおいては、こういう言葉での認識は、認識してくださったとみなしませんので、角度を変えて、さらにクライアントが抱えている問題の本質に迫る試みをいたします。私のカウンセリングは、原則として、一回で解決しえるもの、という認識で進めていきますから、漠然とした結果を出して、次回につみ残しの問題をまわすということをしないからです。私とのカウンセリングを継続して続けられる場合は、クライアントが、継続してご自身の内的変革をさらに望まれる場合です。そういう意味で、京都カウンセリングルームとアラカルト京都カウンセリングルームに関わってください。よろしくお願いします。
アラカルト京都カウンセリングルーム 長野安晃





